天然痘と痘痕、ワクチンのおはなし

予防接種に迷っているパパママへ

予防接種

赤ちゃんの予防接種、特に任意接種は保護者の同意に責任があり、メリット・デメリットを考えれば考えるほど悩んでしまうこともあります。

予防接種の可否に悩んでいるとき、夏目漱石(なつめそうせき)の病気の後遺症について知りました。夏目漱石の事例を中心に、予防接種をどう受け入れるか考えました。赤ちゃんの予防接種に迷っている時に参考にして下さい。

夏目漱石と天然痘(てんねんとう)

夏目漱石は3歳の時に天然痘を患いました。天然痘は全身にブツブツと疱瘡(ほうそう)が現れます。

天然痘は感染力も強く、致死率も40%ほどだと予想されていますが、運よく治癒しても疱瘡の跡が残りがちです。これを痘痕(あばた)と呼びます。

夏目漱石も軽い方ですが、痘痕が残ってしまいました。その外見を、漱石自身も非常に気にしていました。この痘痕を生涯、苦痛に思って劣等感を持っていたそうです。

夏目漱石の写真を見ると、どれも顔の右側を隠すように、左ほほを前面にして、少し斜めに顔をそむけて修正しています。実は顔の右側の痘痕を隠しているのです。

天然痘による劣等感

よく昔の再現ドラマで流行病(はやりやまい)が伝染する際、体にブツブツと大きめの疱瘡ができたように見せています。感染力の非常に強い天然痘を想像させます。

天然痘の疱瘡は顔や体にびっしり隙間なくできるので、まるで顔や体の上にかさぶたをかぶっているかのように見えます。それだけ外見に変化をもたらします。

この皮膚の異常な変化は、天然痘患者の大きなコンプレックスです。感染力の強い天然痘は高熱や嘔吐も伴ううえに、治癒後も皮膚に異常を残すので「悪魔の病気」と呼ばれたほどです。

天然痘に苦しんだ歴史

夏目漱石の自身のポートレイトの顔の向きが、天然痘と言う感染症による後遺症だとわかりやすい事例なので紹介しましたが、痘痕(あばた)に悩まされていた歴史上の著名人は他にも多くいます。

夏目漱石のように、顔に痘痕(あばた)を残した歴史上の人物には、豊臣秀頼、吉田松陰、源実朝、スターリン(ソ連独裁政治家)がいます。音楽家のモーツアルトも天然痘の痘痕があったそうです。

独眼竜(どくがんりゅう)と呼ばれた戦国大名の伊達政宗(だてまさむね)は、天然痘が原因で右目を失いました。後天的な失明に、天然痘が関わっていたと考えられます。

ここまで猛威をふるっていた天然痘ですが、その背景には治療薬発明の遅延と、急激に広まる感染力に対抗できる予防策が無かったことが挙げられます。

もし、現代の医療知識があったなら、こんなに昔からの文献や写真に痘痕が残ることは無かったでしょう。

ワクチンの予防接種の始まり

天然痘の撲滅に光をさしたのは、ジェンナーの考えた種痘(しゅとう)です。1796年、イギリスのジェンナーという医師は、牛の天然痘の膿を利用して、二股に分かれている針を人間の肌に刺して種痘の接種を行いました。

牛の病気である牛痘(ぎゅうとう)に感染した人は、天然痘の症状がでないと解ったのです。

この二股の針を使用する接種方法は世界中に広まり、天然痘患者の減少に繋がりました。この時「ワクチン」という言葉が使用されました。これが予防接種の始まりです。

天然痘の撲滅

現在は医療の発展で、種痘は感染後4日以内なら有効だと解っています。天然痘の株は未だ根絶されていませんが、天然痘ウイルスのDNA塩基配列も解明された今、万が一、天然痘に感染したとしても早期発見と治療で、痘痕(あばた)に悩む後遺症を減らすことができます。

日本でも、天然痘患者は10970年に感染報告が合った以来、根絶されています。今でも感染力の高さから、医学界では心配されているウイルスの1つです。それでも種痘の発見や化学療法による治療の解明で、天然痘にかかって泣き寝入りする時代ではなくなりました。

夏目漱石が予防接種していたら

夏目漱石がワクチンを接種していたら、きっと痘痕(あばた)はもっと軽くなっていたでしょう。これが予防接種をしたか、しなかったかの差を考える時に解りやすいと思います。

女の子でも男の子でも、病気やウイルス感染の後遺症に悩まされることは避けたいものです。赤ちゃんなら、保護者が考えてあげる問題です。

予防接種は病気にかかったり、ウイルスに感染してから接種しても効果が間に合わないことがあります。だからこそ、心配のない健康な時から予防策を考えてください。

天然痘に限らず、インフルエンザなどは脳に影響を残す病気です。今でも後遺症が心配な病気は沢山あるのです。